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「ルソー、フジタ、写真家アジェのパリ」

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箱根のポーラ美術館で「ルソー、フジタ、アジェのパリ」を観てきました。 画家に資料として自分の写真を販売していたウジェーヌ・アジェ( 1857-1927 年)と、それを買っていた画家達を繋げるという切り口は興味深いものでした。 彼の写真を購入していた画家には、レオナール・フジタ( 1886-1968 年)、マン・レイ( 1890-1976 年)など著名な画家達が名を連ねています。 職業写真家として目に映るものを記録写真の様に切り取る彼の写真が、シュールだと評価されるようになった事も大変興味深く感じました。 アンリ・ルソー( 1844-1910 年)、詩人のギヨーム・アポリネール( 1880-1918 年)、ジャン・コクトー( 1889-1963 年)、フィンセント・ウィレム・ファン・ゴッホ( 1853-1890 年)、ジョルジュ・ブラック( 1882-1963 年)、パブロ・ピカソ( 1881-1973 年)・・・ こうしてみるとこの時代の横の繋がりは凄かった! ポーラ美術館の所蔵作品も上手に使った企画展でした。 2017年3月3日まで開催しています。 次回はポーラ美術館の詳しいご案内を予定しています^_^  自然に埋もれるように建つ建築も素敵  

十和田市現代美術館ー秋ー

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十和田市現代美術館に行って来ました。 カフェ・ショップ棟の外壁に描かれたポール・モリソンによる「オクリア」 2年前に行ったときは冬で雪に覆われていたので、秋訪れるとどんな感じなのかと楽しみにしていました。 秋は秋で歩きやすいなど良さがある事は確かですが、結果として冬の方が感動が大きかったように感じます。 これは雪深い地区全般に言える事かもしれません。 真っ白い雪の中を歩いてやっと作品に出会えた時の満足感や、雪の中で突如として現れた作品との出会いが感動をより大きくしているようです。 そういえば「大地の芸術祭の里」のスタッフも、‘雪深い新潟で開催するにあたって作家は冬にその地を訪れ構想を練り作品を作るので、訪れるなら冬の方が作家の意図をよく組むことができる’と言っていました。 雪がなせるマジックかもしれませんね。 雪に埋もれた感じのエルヴィン・ヴルムの作品「ファット・ハウス」も実際雪に埋もれており、冬だとこんな感じ 雪の無い季節だとこんな感じ 雪の中からにゅきっと現れるインゲス・イデーの「ゴースト」と「アンノウンマス」 同じ作品も雪が無いと「ゴースト」の足元が見えてちょっと遊園地の遊具のようでちょっと残念・・・ 十和田市現代美術館 冬に訪れた時のメモはこちら

久しぶりのギャラリー

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ようやく涼しくなり、秋も深まるとにわかに忙しくなりますね。 観たい、観なければいけない展覧会リストを作り、それを睨みながら効率よく巡る方法を考えまくってます^^。 そんな中、久しぶりのギャラリー訪問でした。 新たにスタートしたSansio gallery   開催中の「HOMMAGE」 5人の作家がオマージュを捧げる作家を選び、そこから作品を作り発表するおもしろいスタイルの企画展でした。 会場はこんな感じ エロティックなはずのトルソーもフェイククリームで形づけられると神々しくさえ感じられるから不思議です。 渡辺おさむの作品:John KACEREへのオマージュ やはり旬の作家の作品には自然と目がいってしまいます。 何で? ああ!それが旬って事ね!

『没後10年ナムジュン・パイク展 2020年笑っているのは誰?+?=??』(前半)を観て

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今回は現在ワタリウム美術館で開催中の、2006年に亡くなった偉大なアーティスト、ナムジュン・パイク(1932-2006)の回顧展のご案内です。 初期から晩年の活動までをまとめて観られるチャンスで、会場がゆかりのあるワタリウム美術館*ですから、もう行くしかありません。 *彼は1978年にギャルリー・ワタリ(ワタリウム美術館の前身)で個展を開いています。 Room1: 1956-1978 年~フルクサスとの出会いからビデオアートの誕生まで~ 「TVフィッシュ」1975  1番初めのこの部屋では、彼の生い立ちからジョン・ケージ(1912-1992)、ヨーゼフ・ボイス ( 1921- 1986 ) との出会いまでを作品と共に紹介しています。 すべてはここから始まった、とも言える部屋です。 Room2: 1980-1983 年~VIDEAいろいろ~ 「心TV」1984  2番目の部屋では映像作品の他、「キャンドルTV」(1980)などが展示されており、次のステップに進む大事な時期だった様に感じられます。 *彼へのインタビューで印象に残った言葉 「体で行うパフォーマンスには限界がある。体では1秒に1つのパフォーマンスしか出来ないけど、映像だと1秒に数えきれない無限大のパフォーマンスが出来る。だから映像でパフォーマンスを行うんだ。」 Room3: 1984-1988 年~サテライトTV、ビデオアートの世界同時配信へ~ 「ケージの森 / 森の啓示」1993 3番目の部屋では、別の場所で派生するパフォーマンスを世界同時配信するサテライト・アートの作品が観られます。 私がオンタイムで観ていたのはこの辺りからです。 ある意味、当時の私は彼の作品を通して世界を透かし見ていたのかもしれません。 前半はここまでです。 こうして改めて彼の作品と言葉に触れてみると、当時より彼が今の、そしてもう少し先のアートがどうなっているのか言い当てていた事に驚きます。 地下のブックショプでは関連本も販売されています。 眺めるだけでも楽しい 私も貴重なサイン本を発見して思わず購入してしまいました^^; 後半は10月15日(土)からで、前半のチケットを提示すると300円引きになるそうです^^。 貴重な機...

【アート通信-9:建物と現代美術の融合例】

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アンスティチュ・フランセ東京303号室 今回は、 建物と現代美術が見事に融合 した例として私も通学している神楽坂近くのフランス語の学校『 アンスティチュ・フランセ東京 (旧:東京日仏学院)』をご紹介いたします。 飯田橋と市ヶ谷の間、外堀通りから少し坂を 上がったところ、木々に囲まれた静かなアンスティチュ・フランセ東京の敷地 『アンスティチュ・フランセ東京』はフランス政府の公式機関で、朝から夜まで毎日開講の授業の他、フランスに関わる様々なイベントも開催しており、フランス文化を通して人と人の交流に寄与しています。 * イベントには通学生でなくても参加出来ます。 建築はル・コルビジェに師事し、近年その建物の保存で話題になった神奈川県立近代美術館など数々の名建築を建てたあの 坂倉準三 (1901-1969)によるものです。 そんな名建築にアートが施されたのは今から4年前の2012年の事です。 創立60周年の記念イベントでしたが、その時の事は今でも覚えています。 ある日学校行くと、学校全体がアートに乗っ取られていたのです! 303号室のRomain Erkiletlian<O.M.S.I.T.H> エアコンも配管もアートに呑み込まれている 303号室、Romain Erkiletlian<O.M.S.I.T.H> コックピットの様になった教室 皆、大騒ぎで隣の部屋、またその隣の部屋と次々に覗きに行きました。 105号室、Agathe de Baillliencourt<無題> 206号室、Pierre La Police<無題> 皆の反応は、 「これって一時的なものよね?」 「ずっとらしいよ~。いいじゃない、楽しくて!」 「え~落ち着かない・・・。」 と賛否両論でした。 当時の館長も 「教職員の間でも賛成ばかりではなかった、意義を受けたこともある。」 と言っています。 そして彼は 「‘議論をもたらす’それが大事な事だ。」とも言っています。 物議を醸しだすからこそおもしろい、色々な意見が出てくるから逆に分かり合える。 白い壁に自由に施された16人のフランス人アーティストの作品が、取り繕った人々の心を開き、感想や意見を言い合えるようにしたのなら、それはと...

「リビングルーム / ミシェル・ブラジー」を観て

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銀座メゾンエルメスフォーラムで開催中の「Living roomⅡ/ Michel Blazy」が面白い! ミシェル・ブラジーはモナコ生まれのフランス人で、生きているものとアートをリンクさせ、生もの(殖えるもの・腐るもの・消えるもの・・・)のサイクルを独自の視点で表現するアーティストです。個人的には、2012年に Le Plateau(パリ)で彼の個展を観てからずっと気になっていました。 パリではもっと挑発的でしたがこちらはトウキョウ仕様?お行儀がいいです。 エルメスに合わせて視覚的に美しく整えて来たのでしょうか。 一つ一つの作品は観るだけでも楽しめますが、多くのメッセージが込められているのでまさにリビングルームとしてじっくり滞在するのがお勧めです。分からない事や疑問に思った事はスタッフの綺麗なお姉さんに質問すると親切に教えてくれますよ。 <かたつむりを放つ> 2009-2016 カタツムリの排出物で描かれた作品。 カタツムリが制作するのですから制作年月もかかる。 <かたつむりを放つ>2009-2016 の全体像   絵本の中に迷い込んだ様な不思議な世界 雨で濡れた壁を演出しているのはビニールの様だけど、ある自然素材。だから剥がれ落ちもする。(何の素材かは会場で確認してね^ ^) <珊瑚>2009 チョコレート・バニラクリーム・卵で出来た絵。ネズミがかじった跡もそのまま絵の一部になっている。   <オーレリーの靴>2016 いつも草を踏みつけているスニーカーが今度は草に食べられてしまう? <ハルオ>2016 ハルオさんのフェロモンが出る椅子。‘私はいい匂い’と思ったけど、スタッフのお姉さんは別の方がいいと言っていた…。(男性バージョンがもう一脚あります<フユヒコ>だったかな?女性バージョンの<アヤコ>もあります。)   日本では1999年の世田谷美術館・他「パサージュ:フランスの新しい美術」や、2011年の杜美術館「フレンチ・ウィンドウ」でも彼の作品が紹介されてきましたが、個展は今回が初めてだそうです。 銀座メゾンエルメス ~おまけ~ ご参考までに、以下は私が2012年にパリのLe Plateauで観たミッシェル・ブラジーの作品です...

『ジュリア・マーガレット・キャメロン展』を観て

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中庭から入る三菱一号館美術館 行こう、と思いながら会期終了間近になってしまった三菱一号館美術館で開催されている『ジュリア・マーガレット・キャメロン展』。 写真の技術が確立して間もない1863年より撮影を始めた彼女の写真からは記録ではなく、 独特の世界を感じます。 実在の人物をモデルに 寓意的な主題や 歴史的人物を撮影し、その行為 は不自然で人為的だと同時代の人々に揶揄されました。 「修道士ロレンスとジュリエット」1865年  彼女は何をしたかったのでしょうか?何を求めていたのでしょうか? 考えなら鑑賞を進めました。 そして辿り着いた私の答えは 「彼女は絵を描きたかったのでは?」 です。 幼い頃より絵画に親しみ、教養もあった彼女が子育てを終えて手にした「カメラ」は、自分の頭の中に湧き上がってくる構図や世界を描き出すのに好都合な道具だったのでは? カメラがあればデッサンの修行をしなくても、協力してくれるモデルと共に自分の中に湧き上がる世界を描き出せる。 彼女にとって、カメラはまさに魔法の道具だったのではないでしょうか? 現代美術では写真を表現手段の1つとして使用しますが、あの時代、写真機というものが生まれて間もない頃にそれを実行に移したのはとても型破りな行動です。 女性独特の概念にとらわれない大胆さゆえ、とも言えるかもしれません。 とは言え、当時の写真撮影や現像はとても重労働だったので、彼女の並外れたバイタリティーがあったからこそなのは間違いありません。 人がやっていない突拍子もない程の事をやるといつの時代でも批判にさらされるのですね^^; 建物自体が門の様なブリックススクエアアネックス、美術館に通じる奥の中庭は憩いの場 三菱一号館美術館