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【アート通信ー126:「民藝SHOCK !!ー没後60年 静嘉堂の河井寛次郎」展】

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 126回目のアート通信は、現在、東京・静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)にて開催中の 「民藝CHOCK !!ー没後60年 静嘉堂の河井寛次郎」展 からです。 *全て許可を得て撮影 静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)入り口付近 この展覧会は、民藝運動を主導した 河井寛次郎 (1890-1966)の没後60年を記念した展覧会です。 特徴は、静嘉堂文庫美術館が所蔵する寛次郎の全51点の作品を、彼が影響を受けた東洋古美術品と並べて展示しているところで、計109点の作品が展示されています(期間中、一部は展示替えあり)。 河井寛次郎『流し描鉢』(1931年頃)  静嘉堂文庫美術館蔵 一緒に民藝運動を主導した柳宗悦(1889-1961)は、寛次郎は様々な時代のものから学び、感じたことを自身の作品で昇華させていく事に長けている 〈受取方の名人 〉である、と言っていましたが、今回は、まさにそんな寛次郎の一面がよく分かる展示内容です。 では、さっそく見所をご案内していきましょう! 作品展示風景 河井寛次郎は、大工の棟梁の次男として島根に生まれました。その後、陶芸家を目指し、東京高等工業学校に入り、京都市陶磁器試験場に入所、1915年頃より作品を発表し始めます。 中国古美術から受け取ったもの 南宋官窯『青磁鼎形香炉』(南宋時代 12~13世紀)  静嘉堂文庫美術館蔵 その頃、中国の美術品が世界市場に出回り始め、中国陶磁の人気が高まります。寛次郎は、学生時代より専門書や図録よりそれらを学び研究しており、唐・宗の時代のものに夢中でした。 河井寛次郎『繡花青瓷蟹爪文花缾』(1922年頃)  個人蔵 当時の彼の作品を観ると、上の写真の様に、厚く施された青磁釉、そしてひび割れのように全体に現れた貫入など、確かに宋時代の官窯青磁に影響を受けているようです。 *貫入:陶磁器表面に出来るひび割れ模様の事。焼き物を冷ます際に、地の土とガラス質の釉薬が違う割合で縮むのを利用する。器が割れているわけではない。 作品展示風景 そして1925年になると、  柳宗悦 、 濱田庄司 (1894-1978)と共に「民藝運動」の中心人物となります。 民藝運動とは 、本当の美は高価な観賞用の作品にではなく、各地の名もなき職人が作った日用品にこそ本当の美しさ(用の美)があるとし、それらを「 民藝 (民衆的...

【アート通ー107:「熊谷守一美術館」】

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 107回目のアート通信は東京都豊島区の小さな美術館、 豊島区立「熊谷守一美術館」 からです。 豊島区立「熊谷守一美術館」外観・部分 熊谷守一氏 (1880-1977) は、東京美術学校(現在の東京藝術大学)で油絵を学び、明治・大正・昭和という3つの時代を生き抜いた画家です。 美術館は氏が自宅兼アトリエとして使用していた場所に、次女の榧 さん(1929-2022) が創立し、2007年に豊島区立の美術館となりました。 「アゲ羽蝶」1976年, 油彩・板(美術館パンフレットより) 守一氏は、東京美術学校で油絵を学んだ後しばらくは西洋風の絵も描いていましたが、晩年は、この様に輪郭がはっきりした、まるで版画のような 〈モリカズ様式〉 と呼ばれる独特のスタイルを確立しました。 「白猫」1959年, 油彩・板 ( 美術館パンフレットより) 展示室は撮影禁止なので、パンフレットからの作品紹介ですが、この猫の絵に見覚えがある方も多いのでは?版画にもなったとても人気の高い作品です。 1956年に脳卒中の発作を起こしてからは、氏は外出せず、飼っていた猫や自宅の庭の動植物を描く事が多くなりました。しかし、無欲に目の前のものを描いた作品は人々を惹きつけ、また不思議なことに明治生まれの人とは思えないモダンな印象も受けます。 そんな氏の魅力は、2018年に公開された、氏をモデルにした映画、 『モリのいた場所』 からも垣間見られますよ。 守一氏の肖像写真 美術館は1、2階が展示室で、3階は貸しギャラリー。階段には守一氏の写真などが展示され、美術館というより住居のような雰囲気です。 「カフェカヤ」の様子 受付傍の少し下がったところに、屋外を見渡せるミュージアムカフェ 『カフェカヤ』 があります。 榧 (かや)さん作のカップ 使われているカップは、やはりアーティストだった次女、熊谷榧さんによる力強く味わいのある作品。 また、人気の猫をモチーフにしたマスキングテープや一筆箋などのミュージアムグッズも置いてあります。 カフェだけの利用も可能。 「カフェカヤ」を外から見る この辺りは、かつて 池袋モンパルナス とも呼ばれ、多くのアーティストがアトリエを構えたり、文士が居を構えたりしていた場所。その名残を「熊谷守一美術館」と合わせて辿るのもお薦めです。 豊島区立「熊谷守一美術館」 池袋モ...

【アート通信ー105: まるで宝探し!「須田悦弘」展】

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105回目のアート通信は、現在、 東京都渋谷区立松濤美術館 で開催中の 「須田 悦弘 」展 からです。 美術館入り口「須田悦弘」展   看板  展示風景 この写真を見て、作品はどこ?皆は何をしているの?と思いませんか? 『雑草』(1995, 2024) 作品はここ! 須田悦弘(よしひろ)氏は、草花や雑草を現物大で、あたかもそこにあるかのように表現する作家です。 そして何より驚くのが、これが木で出来ている という事! 『木蓮』(2024) 草花や雑草の現物大ですから、見つけ出すのが大変でまさに宝探し状態!その分、見つけた時は嬉しいですし、これが木で・・・と、またまじまじ眺めてしまいます。 また、木彫作品だけでなく、氏が初期に行った東京・銀座の駐車場でのゲリラ的な展示の記録にも注目です。 この楽しさを邪魔したく無いので、ここでは敢えて展示紹介はしません。作品は 思わぬ所に潜んでいます。展示マップを参考に見つけて下さいね。 須田 悦弘 氏について 須田 悦弘 氏(1969-)が、このような作品を作るようになったのは、当時注目を集めていた木彫彫刻家、舟越桂氏(1951-2024)の存在が大きいようです。 舟越桂『ピアノがきこえる』(1984) 名古屋市美術館蔵 「現代彫刻の歩みⅢー1970年代以降の表現ー物質と空間の変容」神奈川県立県民ホール (1990) カタログより 舟越氏の作品は、従来の木彫のスタイルにとらわれず、目には大理石を入れ、あたかも生きているかのようなリアルでちょっと不思議な雰囲気が漂う人物彫刻を作る作家として知られています。 そんな舟越氏の作品に出会い、須田氏は多摩美術大学時代、 グラフィックデザイン科に所属しているにも関わらず 木彫に興味を持ち、なんと独学で木彫の技術を磨きました。 アサヒビール「ニッカ弘前 生シードル」原画 展示会場では、本来の専門であり、現在もアルバイトで受けているパッケージデザインの原画も展示されています。こちらも素晴らしいです。このデッサン力、観察眼を持って生まれた木彫作品の数々なのかも知れません。 松濤美術館について 松濤美術館は白井晟一氏(1905-1983)設計で、1981年に開館しました。 松濤美術館入り口付近 美術館の吹き抜け空間 住宅街での建設なので 地上2階、地下...

【アート通信ー104:「草間彌生美術館」】

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 104回目のアート通信は、2017年に東京都新宿区に開館した草間 彌生 氏の美術館 「草間彌生美術館」 からです。 「草間彌生美術館」入り口付近 草間氏と言えば、水玉模様、巨大南瓜を連想する人が多いのでは?また、ヴィトンとのコラボレーションなどでも知られ、今や現代美術界における世界的アイドルとも言える人気ぶりです。 「草間彌生美術館」建物全体を見る そんな草間氏自身が設立した美術館がこちらの「草間彌生美術館」。小さな美術館ですが、日時指定の完全予約制なのでゆったり鑑賞出来ます。 年2回の展示替えで、南瓜だけではない、草間氏の70年以上に及ぶそして今も続く制作活動と作品を紹介しています。 「マンハッタン自殺未遂常習犯の歌」(2010) 今回の企画展テーマは、 「私は死を乗り越えて生きてゆきたい」。 草間氏が感じる死、愛が、これまでの体験や活動を通して作品として昇華され、私たちに迫ってきます。 2, 3階の企画展示は撮影不可ですが、4, 5階は撮影可能。 「大いなる巨大南瓜」(2024) 屋上には南瓜も!エレベーターやトイレにも草間氏の世界が展開されていますよ。 半数以上が外国人の訪問者で、氏の世界的人気を目の当たりにしました。 定期的にイベントも開催されておりますので、詳しくは、HPをご覧下さい。 「草間彌生美術館」

【アート通信ー103:「はにわ」展】

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 103回目のアート通信は、現在、 東京国立博物館 平成館 にて開催中の、 挂甲の武人 国宝指定50周年記念特別展「はにわ」 からです。 可愛いです。可愛いという一言で片付けてはいけないと思いますが、やはり全て可愛いです。それは、可愛いものを愛でる、あるいは可愛いものを作るのが好き、という日本人の特質は古来よりだったんだ!と認識した程です。 平成館入り口を入ってすぐのポスター そもそも 『はにわ』とは 、古墳時代(3−6世紀)に権力者の墓である古墳の上や周りに立てられた焼き物です。目的は、墓に邪悪なものが入り死者を苦しめないようにする為と言われており、その形は様々です。早速、観ていきましょう! 「埴輪 踊る人々」正面   埼玉県熊谷市 野原古墳出土,  6世紀, 東京国立博物館蔵 展示は5章からなり、【 第1章  王の登場 】 は全て国宝、という珍しい展示スタイルで始まります。 まずはお馴染みの 「埴輪 踊る人々」 。ファンドレイジングの力も借りた修理後、初のお披露目です。左の人が少し大きく、右の人の髪は結い上げられている様なので、男女、と思いがちですが、実は2人とも男性。 この髪型は『みずら』と呼ばれる耳の前で毛束を作る男性の髪型で、ちなみに、これをつければあなたも古代の人、みずらヘアーになれる『みずらカチューシャ』がこの展覧会のミュージアムショップで売られていますよ! 「埴輪 踊る人々」背面  埼玉県熊谷市 野原古墳出土,  6世紀, 東京国立博物館蔵 また、背面から見ると『みずらヘアー』の左側の人は腰に鎌をつけているので、踊っているのではなく、馬を曳きながら食べる草を刈っているのでは?という説もあるそうです。どうでしょう?  【 第2章  大王の埴輪 】 は、天皇の系譜に連なる古墳の紹介、 【 第3章  埴輪の造形 】では、家や船など様々な形の埴輪が紹介されており、どちらも興味深い展示です。 第4章 「埴輪 挂甲の武人」展示風景 ハイライトはやはり、【 第4章  国宝 挂甲の武人とその仲間 】の 「挂甲(けいこう)の武人」 5体でしょう。この5体は群馬県太田市の同じ工房で焼かれており、更に同じ職人によって作られたのでは?とまで言われています。しかし保管場所がそれぞ...

【アート通信ー100:「ヨックモックミュージアム」】

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 100回目のアート通信は、東京・青山にある小さな美術館、 ヨックモックミュージアム からです。 美術館外観 あの青い缶に入った葉巻のようにくるくる巻かれたクッキー、シガールをご存知でしょうか?ヨックモックミュージアムは、そのシガールを販売している株式会社ヨックモックホールディングスの会長、藤縄利康氏がコレクションした ピカソの陶芸作品を中心としたプライベート美術館 です。2020年にオープンしました。 展示風景(地下1階) フクロウを手にするピカソ スペイン南部のマラガで生まれたパブロ・ピカソ(1881-1973) は、はじめ美術教師の父から絵画の指導を受けます。その後、独自の新しい絵画スタイルを次々に確立し有名になりましたが、晩年は陶芸にはまり、南仏ヴァロリスのマドゥーラ工房に籠り、まるで魔法使いの様にその手から様々な作品を生み出しました。 「牡牛を槍で突く闘牛士」(1953) 展示は地下1階から始まり、『闘牛』『鳩』『フクロウ』など、ピカソが好んだテーマごとに紹介されています。 一番初めのテーマは『闘牛』。スペイン人のピカソは、幼い頃から闘牛好きの父に連れられて闘牛場に通っていました。彼が9歳の時に初めて描いた油絵も、闘牛に登場するピカドール(闘牛が始まる前に、牛を怒らせる人)だったと言いますから、その闘牛好きは筋金入りですね! 「鳥型の水差し」(1953) そしてテーマは『鳩』へと続きます。ピカソは鳩小屋を作って鳩を飼っていたほどの鳩好き。よく作品のモチーフにも使用しており、1949年制作の鳩の版画は同年のパリ平和会議のポスターに使用されたんですよ。 「四角い顔」(1956) そしてテーマは『小さな生き物』『牧神』と続きます。解説ビデオの中に、「陶芸を作っているのではない、ピカソ作品を作っているのだ」という言葉が出てきますが、写真の皿一つとっても、自由に凸凹を付け、自在に描きたいものを描き出しているのが分かります。 「女性型の燭台」(1955) 2階では、ピカソの陶芸制作風景やマドゥーラ工房へのインタビューのビデオ上映があり、当時の様子を知る事が出来ます。また隣の展示室には、そのビデオに出てきた作品が展示されていますよ。 自由に写真を撮る事が出来るフォトスポット フォトスポットもあり、この椅子に座って写真に収まることが出来ます!素敵な写真が撮れそう。...