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【アート通信ー127:「竹久夢二 時代を創る表現者」展】

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 127回目のアート通信は、現在、東京都・千代田区の 東京国立近代美術館 にて開催中の 「竹久夢二 時代を創る表現者」展 からです。 *写真は全て許可を得て撮影 「竹久夢二 時代を創る表現者」展入り口、ツールに座り自撮りも出来る! 竹久夢二 (1884-1934) は、明治の終わりから昭和にかけて活躍し、江戸情緒に新しい西洋風のデザインをミックスさせた 大正ロマン を象徴する人です。 若き日の夢二 ある時は 画家 であり、またある時は 作家 、 詩人 、 ジャーナリスト でもあり、 デザイナー 、 イラストレータ でもありました。幾つもの顔を持ち流行を創りあげた彼は、今で言うところのインフルエンサーでもあった様です。 コマ絵『筒井筒』(1905) 静岡市美術館 蔵 竹久夢二(本名:竹久茂次郎)は、1884年に岡山県に生まれました。17歳の時に家出で上京し、 美術の専門教育を受けた訳ではありません が、早稲田実業学校に通いながら投書を続けます。 博文館の雑誌「中学世界」に投書したコマ絵『筒井筒』が第1賞となり、掲載されたのが、世に出た夢二の初めての作品です。 *コマ絵:新聞や雑誌の余白に掲載された絵。文章の内容に関連して書かれる挿絵とは異なり、隙間を埋める意味と投稿掲載の意味がある。 彼はこれを機に、様々な機関紙や雑誌の コマ絵 、 挿絵 の仕事を得ていきます。 夢二が装丁を手がけた本の数々 その後、 本の装丁 を担当したり、 自身の本や画集の出版 、 絵葉書の販売 などをしながら、そのデザイン力で人気を得ていきます。 折下、印刷技術が進み、洋装本の出版が活発だった世の中の情勢もプラスに働きました。 『草に憩う女』(1910年代前半) 静岡市美術館 蔵 絵画の制作も続けていました。 後に [夢二式] と呼ばれる、目が大きく、S字にしなる体、 西洋の要素と日本の伝統がミックスした独特の趣向は、若い女性の共感を得て巷で大流行します。 確かに、写真の絵も、着物は伝統的な図柄ですが、帯の花柄は西洋のものですね。 夢二がデザインした絵封筒(1910年代-1930年代) 金沢湯涌夢二館 蔵 そんな中、1914年、東京・日本橋に自身がデザインした千代紙や絵葉書、モダンな着物の半衿などを販売する店 「港屋絵草紙店」 を開店すると、女性達がこぞって訪れ、たちまち人気店となりまし...

【アート通信ー126:「民藝SHOCK !!ー没後60年 静嘉堂の河井寛次郎」展】

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 126回目のアート通信は、現在、東京・静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)にて開催中の 「民藝CHOCK !!ー没後60年 静嘉堂の河井寛次郎」展 からです。 *全て許可を得て撮影 静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)入り口付近 この展覧会は、民藝運動を主導した 河井寛次郎 (1890-1966)の没後60年を記念した展覧会です。 特徴は、静嘉堂文庫美術館が所蔵する寛次郎の全51点の作品を、彼が影響を受けた東洋古美術品と並べて展示しているところで、計109点の作品が展示されています(期間中、一部は展示替えあり)。 河井寛次郎『流し描鉢』(1931年頃)  静嘉堂文庫美術館蔵 一緒に民藝運動を主導した柳宗悦(1889-1961)は、寛次郎は様々な時代のものから学び、感じたことを自身の作品で昇華させていく事に長けている 〈受取方の名人 〉である、と言っていましたが、今回は、まさにそんな寛次郎の一面がよく分かる展示内容です。 では、さっそく見所をご案内していきましょう! 作品展示風景 河井寛次郎は、大工の棟梁の次男として島根に生まれました。その後、陶芸家を目指し、東京高等工業学校に入り、京都市陶磁器試験場に入所、1915年頃より作品を発表し始めます。 中国古美術から受け取ったもの 南宋官窯『青磁鼎形香炉』(南宋時代 12~13世紀)  静嘉堂文庫美術館蔵 その頃、中国の美術品が世界市場に出回り始め、中国陶磁の人気が高まります。寛次郎は、学生時代より専門書や図録よりそれらを学び研究しており、唐・宗の時代のものに夢中でした。 河井寛次郎『繡花青瓷蟹爪文花缾』(1922年頃)  個人蔵 当時の彼の作品を観ると、上の写真の様に、厚く施された青磁釉、そしてひび割れのように全体に現れた貫入など、確かに宋時代の官窯青磁に影響を受けているようです。 *貫入:陶磁器表面に出来るひび割れ模様の事。焼き物を冷ます際に、地の土とガラス質の釉薬が違う割合で縮むのを利用する。器が割れているわけではない。 作品展示風景 そして1925年になると、  柳宗悦 、 濱田庄司 (1894-1978)と共に「民藝運動」の中心人物となります。 民藝運動とは 、本当の美は高価な観賞用の作品にではなく、各地の名もなき職人が作った日用品にこそ本当の美しさ(用の美)があるとし、それらを「 民藝 (民衆的...

【アート通信ー125:「東洋文庫ミュージアム」】

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 125回目のアート通信は、東京都・文京区の 六義園の 隣にある 「東洋文庫ミュージアム」 からです。 「東洋文庫ミュージアム」建物外観 「東洋文庫ミュージアム」は 研究図書館 と ミュージアム から成ります。 図書館 は1924年に設立されました。 創立者は、三菱財閥の創始者である岩崎弥太郎氏の息子 、自身も 実業家で、愛書家 でもあった 岩崎久彌 氏(1865-1955)です。 100万冊にも及ぶ蔵書のうち、半数は中国をはじめとしたアジア諸国のもので、その多くは予約閲覧も可能。 〈オリエントホール〉の様子 一方、 ミュージアム は2011年にオープンし、東洋文庫所蔵の書籍よりテーマを絞った企画展が年に数回開催されています。 展示は1階の〈オリエントホール〉から、東洋文庫の誕生や、蔵書の特徴の解説などから始まります。 『江戸大絵図』(複製 1688-1703) こんなものも。壁一面の大きな地図で、4枚合わせると江戸の町が分かるようになっています。 写真の部分は江戸城から南へ、現在の高輪ゲートウェイ付近までの部分、「増上寺」も見えます。 〈モリソン書庫〉の様子 階段を上るとモリソン書庫。〈 モリソン書庫 〉とは、岩崎氏が 冒険家であり図書収集家であるジョージ・アーネスト・モリソン 氏(1862-1920)から購入した、2万4千点の蔵書が並ぶ書庫で、その様子は圧巻です! 『東方見聞録(複製)』(原本1485) 直接本を手に取る事は出来ませんが、数冊は開いた状態で鑑賞出来ます。 例えばこちらは マルコ・ポーロ の口述、ルスティケッロ筆の 『東方見聞録(複製)』。 東方見聞録 は 歴史の授業などで何度も耳にしてきた本ですが、この様なデザインで出版されていたんですね! 何晏編『論語集解』(1315年書写) モリソン書庫の裏側は、〈企画展示室〉。そして、その一部は〈名品コーナー〉です。東洋文庫が所蔵する国宝や重要文化財の本などが展示されています。 例えば、こちらの 『論語集解』は『論語』の注釈書で重要文化財! 『書物袋絵外題集』 (1786-1868) 難しい本ばかりではありません。こんな綺麗なものも! こちらは、店頭に並ぶ本を保護する為の覆い紙を集めた本。 覆い紙にこんな綺麗な絵が描かれている事からも、当時の出版文化やその流行の様子が分かりますね。またその絵から、そ...

【アート通信ー124:「怖い本」展】

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 124回目のアート通信は東京都・文京区の 東洋文庫ミュージアム にて開催中の 「怖い本」展 からです。 「怖い本」展 入り口付近 〈東洋文庫ミュージアム〉は 図書館 と ミュージアム から成り、2011年に開館しました。 「怖い本」展は、日本の妖怪を中心に、 世界の視点からみた〈怖い〉 本が53点展示されている、暑い夏にぴったりの企画です。 企画展の開催場所は2階のモリソン書庫の裏側、早速みていきましょう。 富川房信『石川村五右衛門物語』(1776) 例えば、こちらは江戸時代に書かれた本 『石川村五右衛門物語』 。 安土桃山時代に実在したと言われる大盗賊、石川五右衛門が捕まり、京都の河原で釜茹での刑にされる場面が描かれています。 所謂〈五右衛門風呂〉の由来となる場面で、〈怖い〉というより、その描き方からか、なんか愛らしい印象を受けます。 桃山人 撰,  竹原春泉 画『絵本百物語』(1841) こちらは、40種以上の妖怪が描かれた妖怪図鑑のような怪談本 『絵本百物語』で、 浮世絵師  竹原春泉により、それぞれの妖怪が鮮やかな色で生き生きと描かれています。 *『絵本百物語』の 百物語 は、人々が夜に集まって100種の怪談を順に語り100番目の話を終えると妖怪が現れるとされた江戸時代に流行した遊びからの命名。 ラフカディオ・ハーン(小泉八雲) 『怪談』(1914) 〈怪談〉 と言えばこの人、 小泉八雲 。明治時代、妻が語った〈耳なし芳一〉〈雪女〉などの怪談を英語で海外にも紹介した人。去年放映されたNHKの朝ドラ「「ばけばけ」で彼の事を詳しく知った人も多いのでは? 『アラビアンナイト』(9世紀ごろ, 刊行年不明) そして100 の物語、と言えばこちら、西アジアから北アフリカのおとぎ話 『アラビアンナイト』 。 9世紀にバクダードでその原型が生まれました。 物語のはじまりは、 ・・・妻の浮気を知り女性を信じられなくなった王は、毎日新しい妻を娶ってはその妻を殺します。シェヘラザードはその悪行を知っていましたが、妻に立候補し、「この話の続きはまた明日」と繰り返し、命懸けで毎夜、王に面白い話を語り続け生き延びます。 *アラブ世界では、日本で言う妖怪の様な不思議な力をもった存在を〈ジン〉と呼んでいます。 『地獄風刺絵(鯰絵)』(1855) こちらは 鯰絵...