【建築巡礼ー9 : ル・トロネ修道院 abbaye du Thoronet】

今回の旅では、新しい建物だけではなく、ロマネスク建築のプロヴァンス三姉妹*として有名なシトー会のル・トロネ修道院 abbaye du Thoronet も訪れました。

*プロヴァンス三姉妹・・・同じプロヴァンスにあるマザン修道院を母として、ル・トロネ修道院を長女、セナンク修道院を次女、シルヴァカーヌ修道院を三女として呼ぶ俗称。
教会部分
ル・トロネ修道院 abbaye du Thoronetの建設は1160年に始まり、1230年まで続きました。
初めは20人の修道士が生活してましたが、15世紀頃より国の混乱もあり荒廃し始め、1660年には当時の修道院長が修復の必要性を訴えます。
それでも1791年には国に売却されてしまいます。
そして1840年にはフランスの歴史的建造物として認定され現在に至っています。

シトー会とは12世紀にブルゴーニュで創設された修道会で、厳しい戒律、質素な生活を信条として「祈り、働け」の標語の元、修道士達は人里離れた所で修行に励みます。

ここでは澄んだ空気と奇跡の様な静けさが辺り一帯を支配しており、時代の生き証人の様にそこに佇むこの修道院の姿に圧倒されました。
建物はシトー会の規則を忠実に守り石のみで作られ、装飾はほとんどなく、石の質感とそれが描くラインのみで表現されています。
傾斜地に建ている為、高さが違う回廊。石はきっちり組まれている
珍しい2階部分がある回廊
歴史にも大きく関わった時代の宗教施設の事を語るのは難しいです。
全く違う生活をする現代の私達ではなかなか想像が追いつきません。

とは言え、やはり非凡な方はきちんとそこからエッセンスを汲んでいかれます。
多くの建築家がこのシンプルで強いメッセージ性のある建物にインスパイヤーされてきました。
ル・コルビジェがここを見学した後、ラ・トゥーレットを建てたのは有名ですが、その他もフェルナンプイヨン Fernand Pouillon(1912-1986)、ジョン・ポーソン John Pawson(1949-)、ロベール・マレ=ステヴァンス Rober Mallet-Stevens(1886-1945)、そして安藤忠雄(1941 -)もこの建物から受けたメッセージをその後の仕事に繋げています。
上部に開いた、明り取りの丸い穴が独特のデザインを産み出している柱頭
影響を受けた部分は、建築家によって違うとは思いますが皆口をそろえて言うのが光と影、そして壁と空間です。
厚い壁の開口部から差し込む光は本当に美しい
 柱頭の装飾は殆ど無い。
確かに、この自然の中に建つシンプルな造形が生み出す光と影は(壁への反射も含め)、最小限で最大限のものなのかもしれません。

また、ここでは2006年より有名建築家を招き、其々がそこで感じた、残したいメッセージを表現してもらうというプロジェクトを行っています。
今までも、エドゥアルド・ソウト・デ・モウラ Eduardo Souto Moura(1952-)、 パトリック・ベルジェ Patrick Berger(1947-)などが関わってきました。
私達が訪れた時にも、アルヴァロ・シザ Alvaro Siza(1933-)が訪れて残した矢印標識がありました。


ところで、私はこちらを訪れる少し前に、偶然シトー会創設の地、ブルゴーニュ地方のフォントネー修道院(abbaye de Fontenay)を訪問しました。
柱が2重の回廊を持つ、フォントネー修道院
素朴ながらも圧倒的な力強さと優雅さを持つ同じシトー会の修道院です。
フォントネー修道院の建設は1118年ですから、こちらの方が古い筈なのですが、不思議とル・トロネ修道院の方を古く感じました。
帰国後、落ち着いて整理していくうちにその訳が分かってきました。
フォントネー修道院も激動の歴史の中で18世紀には修道士が居なくなり国の財産になりますが、その後資産家の手の渡ります。
工場として使われた時期もありましたが、現在はきちんと手入れがなされ別のオーナーが一部に居住もしています。
そして世界遺産に指定され、ガイドツアーではホテルマンの様な制服を着用したガイドが案内してくれます。
手入れが行き届いたフォントネー修道院の中庭
一方、ル・トロネの方は国が管理しているとは言え、中庭には草が生え、建物の一部は崩壊したままの状態です。
ル・トロネ修道院の図書室があった辺りは崩壊している
そんな様子からこちらの方を古く感じたのかもしれません。

期せずして12世紀に建てられた2カ所の修道院を訪問して感じたのは、‘保存’という事の意味です。
今まで、‘修復して保存す’という事はいい事の様に感じていたのですが、果たしてそれは本当にいい事なのか?
時を経れば朽ちていくのは当たり前で、だからこそそこから読み取れるメッセージもあるのではないか?
もちろんすべてに当てはまる事では無いけれど。
‘朽ちていく姿は自然な姿で、今、目の前にある姿をその時代の目撃者として記憶(記録)していく事も大事なのではないのか?’
そんな風にも思えて来ました^^。
ル・トロネ修道院の中庭に咲いていた雑草の花、とても愛おしい
 
随分長くなってしまった【建築巡礼…】も9回を迎えました。
長い間お付き合いありがとうございました。
まだ未消化の部分は一杯あるのですが、次回10回でひとまず終えたいと思っています。
最後までよろしくお願い致します!

このブログの人気の投稿

【建築巡礼ー5:アールトによるルイ・カレ邸】

【アート通信ー25:ベルリン・集合住宅「ジードルング・ブリッツ」】