111回目のアート通信は、フランス北部の都市リール郊外クロワにある邸宅、「Villa Cavrois カヴロワ邸」(1932年落成)からです。
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庭の池にその姿を映す様に設計された「カヴロワ邸」 |
カヴロワ邸は、「コルビジェ巡礼ー6」の最後で触れたフランスの建築家、ロベール・マレ=ステヴァンス (1886-1945) の作品で、紡績・織物関係の会社を経営するポール・カヴロワの家族の為に設計されました。
現在は歴史的建造物として国の管理下、有料で公開されています。
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斜めから見る「カヴロワ邸」、出航して行く船の形を意識したと言われている |
ロベール・マレ=ステヴァンスは、同時代のル・コルビュジエ (1887-1965) やフランク・ロイド・ライト (1867-1959) と並び活躍し、彼らから影響も受けた建築家です。
カヴロワ氏は、ステヴァンス氏を信頼し、デザイン、コンセプトなど全てを彼に一任したので、ステヴァンスは内装から家具のデザインまで全てに、時には実験的な手法を使いながらその才能を発揮出来ました。
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建物入り口からサロンへの入り口を見る |
また、ステヴァンスは映画好きで、映画作品で美術装置を担当した事もあります。
サロン入り口に見える黒いドアは、映画館の扉を意識しており、扉を開けた瞬間に目に飛び込んでくる景色を印象付ける効果も狙っているとか。
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サロンの様子と入り口扉の内側を見る |
このサロンは2階までの吹き抜けで邸宅の中心となっています。
ここを中心に、西側にダイニングやキッチンがあり、東側に事務所など、2階では、西側に子供達の部屋、東側に夫婦の部屋が並びます。3階には、舞台もある広い部屋があり、子供達の遊び場として使われていました。機械室、カーヴなどは地下にまとまっています。
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キッチンの壁に設置されている時計 |
驚くのは、今見ても古く感じない洗礼されたデザインと、エレベーターの導入など、最新のテクノロジーの数々です。
壁時計は、各部屋に合わせてデザインされており、当時は珍しかった壁に埋め込まれた電気で動く仕組みになっています。
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キッチンの床タイル |
現代でも、現代こそあったら嬉しい、角がカーブして掃除しやすいタイル!
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キッチンの蛇口 |
蛇口は水、湯、浄水、と用途別に3つある!
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洗面所にある体重計 |
洗面所に体重計を置く家は現在でもあると思いますが、なんとここでは床に体重計が埋め込まれています!
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子供用のダイニング |
ダイニングは子供用(カヴロワ家の子供は7人)と大人用と分かれており、子供用のダイニングでは、木を多用した手の温もりが感じられる空間で、子供用とは思えないデザイン力の高さにも驚かされます。
壁面の木彫作品はよく見るとチェス板、テニスラケット、ボーリングのピン、トランプなど、子供の遊び道具がモチーフになっており、この部屋の為に制作された作品だという事が分かります。こちらは、双子の彫刻家、Jan MartelとJoel Martel による作品です。
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大人用ダイニング |
一方、大人用のダイニングは庭の緑との調和を意識したグリーンの大理石に囲まれた格調高い空間。横長の鏡は、庭を背に座った人も庭園の景色を楽しめる様に設置。
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大人用ダイニングより庭園を望む |
漆塗りのテーブルに映し出された庭の緑も美しく、ここでは庭園と一体化して楽しめる様に細部まで気を配られています。
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「カヴロワ邸」の大きな子供の為の部屋 |
一方、実験的な手法として、大きな子供の為の部屋は、当時の芸術運動「デ・スティル」で活躍した、画家
モンドリアンへのオマージュとしてデザインされています。 |
婦人の部屋 |
2015年より一般公開されている「カヴロワ邸」ですが、ここに至るには、大変な道のりがありました。
1985年に残された夫人が亡くなると、子どもたちは邸宅を不動産業者に売却。その後はそのまま放置され、略奪されるがままの無惨な状態となってしまいました。
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荒れ果てていた時の写真 |
それを見かねた建築家達の運動により、カヴロワ邸は取り壊されることなく1990年に歴史的建造物に指定されました。そして2001年には国が買い取り、廃屋と化していた邸宅は10年以上の歳月をかけて在りし日の姿を取り戻しました。家具は骨董屋でオリジナルを見つけたり、オークションで買い戻したりしました。
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2階の夫婦の寝室、テーブルはステヴァンのデザイン |
邸宅はもちろん素晴らしいのですが、私が一番驚いたのは、写真から分かる荒れ果てた状態から、よくこの美しい元の状態まで戻した、という事です。見学していた各国の人達も、やはり同じ事を口にしていました。
La Villa Cavrois