【アート通信ー72:「吉阪隆正展」】

 72回目のアート通信は、現在、東京都現代美術館で開催中の「吉阪隆正展 ひげから地球へ、パノラみる」からです。

「吉阪隆正展 ひげから地球へ、パノラみる」入り口付近

吉阪隆正氏 (1917-1980)は、前川國男氏 (1905-1986)、坂倉準三氏 (1901-1969)と共に、日本における ル・コルビジェ氏の3大弟子の一人として知られる建築家ですが、建築家の他にも登山家、思想家の顔も持つ珍しい人です。

それには、幼少期をスイスで過ごし、現地のインターナショナルスクールで国境を超えた平和教育を受けた事も影響しているでしょう。また、建築学者、民俗学者であり、『考現学』の提唱者である今和次郎先生(1888-1973) 大学で出会った事、第二次世界大戦下で赴いた中国で相互理解と平和の大切さを感じた事も氏の生き方に大きな影響を及ぼしました。

壁面に展開する「尺」に関する氏の捉え方

展示会場ではまず、感覚尺、身体尺、歩行尺、時間尺、人間尺、地球尺、といった様々な尺で捉えていく彼の考え方が絵巻のように紹介されていきます。この様々な尺で物事を見、多角的に考える手法は彼の作品のみならず、氏の建築事務所「U 研究室」での『不連続統一体』と呼ばれる個々が独立してアイデアを提案していく仕事の進め方にも反映されていきます。

氏が書いた童話が描かれた「メビウスの輪」

隣の部屋の展示、「メビウスの輪」には、氏が解釈したアルゼンチンの神話が描かれており、中に入ったり、周りを歩いたりしながら表と裏は実は繋がっている、という氏の考え方を体験出来ます。
*メビウスの輪:1回ねじって貼り合わせて出来た、表裏が区別できない連続面

「吉阪自邸」(1955)の展示風景

圧巻はこちら、「吉阪自邸と庭」を1/1サイズで再現している展示室です。壁面に見えるのは自邸の断面図。この展示室の広さがちょうど吉阪邸の敷地と同じ面積だった為、実現出来ました。実際、自邸には門も塀もなかったので、庭スペースにある模型と照らし合わせながらかなりリアルに体感出来ます。

建築作品を紹介する展示スペース

「ヴィラ・クゥクゥ」(1957) の資料展示風景

他の建築作品はそれぞれコーナーで区切られ、図面や模型、映像だけでなく、展示壁面をその建築のモチーフの色で代えるなど、感覚的にも理解しやすい展示になっています。知り合いからの依頼が多く、比較的のびのび設計出来たのか個性豊かな建物が多いのも特徴です。

1/3で再現された「黒沢池ヒュッテ」(1969) のドーム

登山家の顔も持ち合わせる氏は、寒冷地帯における建物の研究にも取り組んでおり、数々の山岳建築も残しています。また、世界中を旅した氏の旅スケッチや、遠くから全体を見渡せるような魂の旅行を勧める「旅行のススメ」など心に残る数々の氏の言葉にも注目です。

吉阪隆正氏は、建築家である前に一人の人間として、その土地の文化、歴史を理解する事が大事で、そこから平和が生まれる。その為に建築に取り組む、と考えていました。

多くの命が失われる紛争が起こっている今だからこそ、是非観てもらいたい展覧会です。

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