小川三知のステンドグラス
日本のステンドグラスの草分けとも言える小川三知(1867/7/1~1928/10/24)のステンドグラスは、震災や戦災で消失したものが多いですが、現在でも公開され鑑賞できるものがいくつかあります。
そのなかでも台東区にある黒沢ビルのステンドグラスは他とは趣が異なります。
三知(さんち)は、家業の医者を継ぐ予定でしたが、弟に家業を託し美術の道に進みました。
黒沢ビルの作品は、ビル内にあった弟の「小川眼科病院」の為に作られたものです。
だからでしょうか、どの作品にも自身の趣向がにじみ出ている様に感じられます。
美術学校で学んできた日本画や漆芸の知識・技術が生かされており、西洋図柄の作品とは大きく異なり一見の価値があります。
黒沢ビルでは建物や作品の保存に取り組んでおり、定期的に見学会も開催しています。
黒沢ビル
そのなかでも台東区にある黒沢ビルのステンドグラスは他とは趣が異なります。
三知(さんち)は、家業の医者を継ぐ予定でしたが、弟に家業を託し美術の道に進みました。
黒沢ビルの作品は、ビル内にあった弟の「小川眼科病院」の為に作られたものです。
だからでしょうか、どの作品にも自身の趣向がにじみ出ている様に感じられます。
入口扉上部の作品 |
応接室の天井照明 |
美術学校で学んできた日本画や漆芸の知識・技術が生かされており、西洋図柄の作品とは大きく異なり一見の価値があります。
黒沢ビルでは建物や作品の保存に取り組んでおり、定期的に見学会も開催しています。